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2012.01.17十国峠について

伊豆箱根鉄道 広報課 芹澤です。
会社に残る古い資料を引っ張り出してみました。
この写真にある道路は1932年(昭和7年)7月15日完成した「箱根峠~熱海峠間十国自動車専用道」です。

この写真は1936年(昭和11年)の、十国峠の様子だそうです。この十国自動車専用道は1936年11月に舗装が完成していますが、富士山の雪の状況から見ても冬だと思われますので、おそらく舗装工事が完成して間もない頃と思われます。
この道路を作るにはたいへんな苦労があったようです。
1925年(大正14年)に当時の西武グループが熱海峠~箱根峠間の自動車専用道路を申請したが、1930年(昭和5年)まで許可が下りなかったそうです。まだ民間の有料道路という概念自体が日本には無くて、この道路を作るため当時の西武グループでは社員を道路先進国のドイツに派遣して道路のことを学ばせたと聞いています。

この道路の開通により箱根~熱海間に路線バスの営業を開始したそうです。
料金は熱海~箱根峠無線局間片道1円、箱根峠無線局~箱根町間片道25銭だったそうです。

この1932年から1936年の間、十国峠にはいくつかの興味深い出来事があります。

この道路が開通した1932年(昭和7年)11月には十国峠に航空灯台が完成しています。現在は航空灯台は残っていませんが、航空灯台を建てた方の記念碑が山頂に建立されています。

またこの十国峠には小説家などが何人も訪れています。
その中の1人、太宰治は1934年(昭和9年)に三島の広小路に滞在しているのですがその際に熱海で井伏鱒二と待ち合わせ、知人の女性と3人で十国峠から箱根関所、三島まで徒歩で移動したと井伏鱒二の随筆、「太宰治の富嶽百景のあとがき」に記されています。
さらに1936年(昭和11年)11月には、太宰治が熱海の旅館に10日間滞在、その後、別の旅館に1ヶ月ほど滞在していますが、この熱海滞在時、友人に十国峠までのハイキングを誘っている手紙を出しています。
太宰の有名な小説「富嶽百景」に十国峠の記述があり「十国峠からの富士山はよかった。」と記しています。
今もそうですが十国峠からの富士山、確かに角度がきれいです。
また富士山だけでなく晴れた日には駿河湾や相模灘、三浦半島や房総半島まで見渡すことのできるビュースポットです。
ぜひ十国峠にお越しください。

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